漸く貰えた一日の休日
さて、どうしようか。




- round -



朝と言うには遅い時間、洋輔は溜まった私用を片付けようと外出した。
頭の中で今日済ませる用事を並べて最寄り駅へと足を勧める。
やるべきことを沢山ある。なら時間は有効に使わなければ。
洋輔は目的地を定めると平日の空いた駅構内を歩き、
目的の黄緑色をした路線の乗り口の階段を目指した。


(良い天気だ・・・)


この時間は利用客が少ないのか、ホームに滑り込んできた電車の中身はがらりとしていた。
加えて降りる人も居た為に洋輔の乗った車両には自分を含めて片手で間に合うほどの数しか居なかった。
座席の真ん中に腰を下ろすとバッグからイヤホンを取り出し、操作して音量を小さくして音楽を流す。
良い天気、だ。と感じるのは背中に感じる陽の光のせいだろう。
ホームで電車を待っていた時にもそう思ったが外はまだ少し空気が冷たい。
電車に乗れば外気も感じられずただ陽の暖かさだけを感じることが出来る。
視線を向かいの窓から見える空へとやれば綺麗な青が見える。



少し前まで凛とした空に見えたが、今はどこか柔らくて飛んでいる鳥が喜々と謡っているようだ。



(・・・・・・)
ぼぅと呆けて空を見ながら思ったことを、顔を顰めて溜息を付いた。
(ものすっげぇクサい詩人みたいだ)
空が柔らかい。その形容がまるで何処かで誰かが詠った詩のように思えて再度溜息を付いて窓から視線を外した。
駅が近いのか、微かに聞こえる車内アナウンスと共に電車のスピードが緩くなってきている。
ホームに停まりついて先程聞き取れなかった駅名を確認する。
そこは良く降りる場所だが、今日は降りない。降りたとしてもヤツはどうせ居ないだろう。
降りる駅はまだまだ先だと洋輔はイヤホンから流れる音楽に集中しながら目を瞑った。



今日は休み。日差しが気持ち良い。目を瞑っている。
最近忙しかった。急ぎの用は無い。耳には心地良い音楽。電車の揺れが気持ち良い。
この条件化で居眠りしないほど、最近睡眠を十分に摂っていなかった。
電車がブレーキを踏みその時の揺れで目を開けるとそこでやっと自分が寝ていたことに気づく。
走行中の景色は何となく見覚えがあったが、それほど寝ていないだろうと思いながら欠伸を噛み殺した。
しかし耳元で流れていたはずの音楽は流れていない。
充電が切れてしまったのだろうかとバッグの中からプレイヤーを探そうと手を入れる。
そこで車内アナウンスが聞こえてくる。駅が近いのだろう。
『次は・・・・・・』
「次は俺が降りる駅ですゼ?」
「は?」
アナウンスの声を遮って頭の上から聞こえたのは昨日も聞いた、聞きなれた声。
バッグを探る手をそのままに顔を持ち上げればそこには予想通りの、礼央の顔が合った。
「何。間抜けた顔してんの」
横に座る礼央は噴出しながら洋輔の顔を見る。
間抜けた顔と言われた本人は言われた言葉と目を閉じる前の記憶を必死に引っ張り出していた。
それと一緒にプレイヤーを探していたはずの手はバッグから上着のポケットへと移っていた。
取り出されたのは携帯。その画面に映るのはアナログの時計表示。
「げ・・・」
その表示された時刻を見て洋輔は思い切り顰め面をした。
「え、何。さっきから何百面相してんだよ。っていうか俺のこと無視か?」





「うっわ、ばっかだー。降りる駅を寝過ごしてやんの」
「うるさい阿呆。笑いすぎだ」
隣で口を押さえながら笑い声を漏らす礼央に洋輔は軽く頭を叩きながら軽く睨む。
「そういうお前は何してるんだよ。家に帰るんじゃなかったのか」
「まあ帰りって言えば帰りだったんだけど」
「もうドア閉まるぞ」
ホームに着き、ドアが開かれる。降りるなら降りろと洋輔は追い払うように手を振る。
先程笑われたのがよっぽど悔しかったのか、その顔には冗談めいたものは浮かんでいない。
発車合図のメロディが流れ、車掌が笛を鳴らす。ドアが閉まっても礼央は動かずに洋輔の隣にいる。
「何だよ冷てぇの。偶然にも同じ電車に乗ってたんだから少しは喜んだって良いのに」
「はいはい、ウレシイデスヨー」
「可愛くないヤツ」
「そりゃどういたしまして」
言いながらワザとらしく笑うと洋輔は視線を向かいの窓から見える空へとやった。
空はまだ青い。背に当っていた陽の光はもう無いが、それでも暖かく良い天気に変わりは無い。
隣には用が終わって帰りだったらしい。それでも当たり前のように自分の傍に居る人物。
対して用は終わってないし、これから行かなきゃならない自分。





漸く貰えた一日の休日
さて、どうしようか。



「・・・・・・腹減った」
どうするかはともかく、出かけ間際に考えた予定は全てキャンセルだ





「は?ああ、そういやもう飯時だなー」
「よし。じゃあ次で降りて何か食うか」
「そりゃ良いけど。洋輔、どこか行く途中じゃなかったのか?」
「別に、急ぎってわけでもないし」
「ふーん」
「そっちはどうなんだよ、帰りだったんだろ?さっきも聞いたけど」
「まあね。でも飯食わせてくれるって言うなら着いてくぞ」
「奢りだとは言ってないし」
「あらやだ、ナンパしてきたくせに」
「うるせ」




私用?
こいつと飯食うのも私用の一つだろ。






時計と電車。それは二人の知らぬ間に一周していた。






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